2008年09月13日

LTCM・ショック

  固定相場制への回帰


・LTCM社(エル・ティ・シー・エム)/通称


「Long Term Capital Management社」のこと。1990年代に一世を風靡したヘッジ・ファンド。ソロモン・ブラザーズ出身のカリスマ債券ディーラー、ジョン・メリウェザーが中心となり、オプション価格理論でノーベル賞を受賞したマイロン・ショールズ、ロバート・マートンを経営陣に招へいして、世界中の機関投資家や富裕投資家から集めた巨額の資金に、高いレバレッジを効かせて、さまざまな金融市場で運用。




米国ニューヨーク州に隣接したコネチカット州で資金運用を行っていたヘッジ・ファンドのLTCMには「ブラック・ショールズ方程式」を完成させ1997年にノーベル経済学賞を受賞した、マイロン・ショールズとロバート・マーロンが在籍していたことから、投資の世界では「ドリーム・チーム」と言われていました。




1984年設立時点では、世界各国の証券会社や銀行などの機関投資家達から、実に12億5000万ドルの資金を集めていました。この資金を使って、割安な債権を大量に購入し、逆に割高と判断される債権を空売りしていたのです。


コンピューターを駆使して多くの銘柄を選び出し、自働売買システムを構築しそれらを稼働させ運用していました。




そののち、金利差を利用したスワップ取引や株式取引、モーゲージ取引といった流動性の低い取引も行うようになっていきました。LTCMは1998年初めまでは大成功を収めます。その結果、LTCMにはますます資金が集まりだし、1000億ドル以上の運用資金が集まってしまいました。




ところが、1997年の「アジア通貨危機」とそれらを引き金とした翌年の「ロシア危機」によって世界経済の市場では環境が激変し、外為取引も直接の影響を受けていました。金融市場が混乱して先行きに対する不安が高まるなか、投資家はリスクを避けるために「安全性(信用度が高い)」「流動性(換金性が高い)」の高い投資対象に資金を移動させる行動をとったのです。




これを「質への逃避」(fly to quality)といいます。


(投資家達の不安心理がたかまると、こういった「質への逃避」がおこり、相対的にリスクのが低く、流動性が高い投資先へ資金を移していく傾向があります。)




そして、ロシアが債務不履行を宣言したことにより、新興国(エマージング)の債権・株式はリスクが高いとして、一斉に新興国(エマージング)市場より資金の引き上げが始まったのです。




しかし、LTCMは「質への逃避」は長続きしないと判断し、短期間で新興国には資金が戻ってくると判断したのです。新興国での債券や株式の買い戻しが起こると読んで、ポジションを取っていったのです。




でも、投資家達のリスクに対する不安心理は収まらず、むしろ、ますますエスカレートしていきました。




その結果LTCMは破たん(クラッシュ)してしまったのです。




問題はそれだけでは収まらず、LTCMには欧米金融機関から投資運用を任されていた1000億ドル以上の資金と1兆ドルに及ぶ取引契約を海外の金融機関と契約していたのです。したがってLTCMの破たんは、「アジア通貨危機」や「ロシア危機」で不安定に陥っている世界の経済に追い打ちをかけるだけではなく「世界恐慌」へと導く危険性を示していました。




当時のニューヨーク連邦準備金銀行の指示で、LTCMに緊急融資を行い「公的資金を注入」したのです。そして、ゆるやかにLTCMを解体することになりました。また、当時のFRB議長であるグリーン・スパン氏らの指示により、ドルの短期金利を1998年9月から3ヶ月間で3回引き下げていったのです。




LTCM破たんによる金融不安をぬぐう政策をとっていったのです。1998年10月の「LTCM・ショック」によりドル/円は138円から108円までわずか2日間で下落いたしました。


最強ヘッジファンドLTCMの興亡 (日経ビジネス人文庫)
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タグ:LTCM
posted by ヨシヒロ at 20:01 | 外為取引の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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